対談教授vs学生学生が聞く! 研究者のホンネ 対談教授vs学生学生が聞く! 研究者のホンネ
河村

私立大学研究ブランディング事業「働く人の疲労とストレスに対するレジリエンスを強化するEvidence-based Methodsの開発」は、「病気を診ずして 病人を診よ」という建学の精神をブランド化するものとして位置付けられています。今回ご紹介するのは、間質性肺炎研究の先駆者であり、間質性肺炎や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの難病の病態の究明と治療法の確立に取り組んできた呼吸器内科教授の桑野和善さんです。臨床と研究を両立させ、治療に結びつけることを常に求めてきました。

臨床で感じた疑問から
難病解明の道へ進む

河村

-医学の研究に取り組むようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

桑野

そもそも医師になりたいという強い意志があったわけではありません。もともとものづくりや書くことなど、何かを創り出すことが好きで、美術か理系に進学しようと思って受験していて、合格したのが鹿児島大学の医学部だったことで医学の道に進みました。
学生時代もラグビーや飲み会に時間をつかって、勉強に追いつくのが必死で、研究のことは視野になかったのですが、医師になって臨床するようになってから考え方が変わってきました。

教授×学生 対談

治療法が確立されていない病気も多く、自分が本当に判断してよいのかと考えるようになったのです。

桑野和善教授
桑野和善教授

治療法が確立されていない病気も多く、自分が本当に判断してよいのかと考えるようになったのです。

教授×学生 対談

桑野

当時はある程度時間的に余裕があって、臨床しながら研究ができました。そこで研究したのが慢性閉塞性肺疾患、COPDです。重症化するといきなり死亡してしまうこともあり、なんとかしないといけない病気でした。
当時の指導教官の専門分野でもあり、COPDの研究で学位をとり、指導教官の紹介で同じ分野の研究で世界的に有名なカナダのバンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学に留学しました。そこでは、COPDの病態にアデノウイルスが関係しているとの仮説の証明を行っており、私も当時は呼吸器分野で最先端であったPCRを用いた論文を書いておりました。

桑野

3年間留学していたのですが、もともと興味のあった間質性肺炎など治療が必要ないろいろな病気に目が行くようになりました。ただ、ブリティッシュ・コロンビア大学はCOPDを専門としていたところだったので、自分で文献を読み漁って知識を深めていき、帰国してから研究しようと考えていました。
帰国後、たまたま九州大学呼吸器内科が新体制になり、新しい教授に間質性疾患の研究室を作っていただき、そこで本格的に間質性肺炎についての研究を始めたのです。

教授×学生 対談

自分で
仮説を立てながら
細胞・動物・ヒト検体
を使って検証

教授×学生 対談

河村

-どの様に研究の成果を挙げてきたのでしょうか。

桑野

疾患の病態がわからないままでは治療法も見つかりません。そこでまず病態を解明しようと考えました。関連するすべての論文を読んで、それまでの研究成果を徹底的に調べて、どこまで解明されているかを理解して「間質性肺疾患の始まりは肺の細胞が損傷することではないか」という仮説を立てました。

桑野

当時、この仮説を証明するためには、肺がんで手術を受け、たまたま合併した肺疾患のヒト検体を解析していく必要がありました。生の細胞を分離してタンパク質を検証するなど手間のかかる作業でしたが、少しずつ解明して細胞の損傷とは何かを突き詰めていきました。
世の中に「細胞死」という概念が出回り始めた頃でしたが、肺では注目されていませんでした。それをヒトやマウスなどでひたすら検証し、細胞の恒常性を維持するための機序のひとつである計画された死「アポトーシス」について論文をまとめ、欧米の学会にも招かれるようになりました。

教授×学生 対談
教授×学生 対談

河村

-成果を挙げる上で臨床の経験は役に立ったのでしょうか。

桑野

私は自分が手掛けた研究は、すべて臨床研究だと捉えています。あくまで研究の最終目的は治療法の確立です。研究結果と臨床データの相関関係をヒトで証明できなければ意味がありません。ベースとして基礎的な研究が必要ですが、実際の病態がヒトで証明されたあとは、治療法を開発していくことが重要です。
例えば、今研究室で研究しているエクソソームは細胞から分泌される物質ですが、細胞間の情報を伝達するもので、人間の基本的な恒常性維持の中心的な役割を果たすと考えられています。

これを解明することで病気の本質に近づくことができ、がんの早期診断など様々な分野にも適用できます。
エクソソームによる細胞間情報伝達のメカニズムが分かれば、ある細胞からエクソソームを抽出してターゲットに注入するなど治療法も確立できます。間質性肺炎やCOPDにも有効な治療法になるはずです。

教授×学生 対談

大学の性格によって
研究の取り組みも異なる

河村

-慈恵では多くの先生方が研究と臨床を両立して活躍されていますが、先生はどんな方針で研究に取り組んできたのでしょうか。

桑野

臨床は日々取り組まなければならない第一線の仕事です。ただ、そこで困ることも沢山あります。COPDや間質性肺炎、肺がんなど治療法が少なく、根治できない病気もまだまだ多くあります。
臨床医であってもサイエンティストとしての自覚を持ち、こういう難しい病気を治せるようになるにはどうすれば良いのかと考えていくべきです。自分なりの治療法を見いだせないかという姿勢で日々取り組むべきですし、そうすれば研究への興味も沸くはずです。

教授×学生 対談
教授×学生 対談

河村

-慈恵は研究がやりやすい大学なのでしょうか。

桑野

大学の性格によって研究も違ってきます。国立大学であれば国からのお金をもらって研究に取り組むことが多く、総合大学の医学部では他の学部と連携することも多いでしょう。
慈恵のような私立の単科大学では、成果を出して外部から資金を調達する必要があります。そのために他の人が手掛けていないような難治性の病気を研究して特許をとるなどして注目され、先見性が認められることではじめて研究資金を集めることができます。

桑野

慈恵医大にはこうした他にない研究を手掛けてきたという実績に加えて、東京にあるという強みもあります。東京大学や慶応大学など他の大学と一緒に研究することもできますし、海外の研究者や企業とも手を組みやすい環境にあります。これは大きなメリットです。
こうした強みを生かして研究の質を高めていくことで、研究資金も調達しやすくなるのではないでしょうか。不満があるとすれば、研究室のスペースが手狭なことですが、東京という立地を考えると仕方ないのかも知れません。

教授×学生 対談

海外で研究するにも
基礎的な学力が重要に

教授×学生 対談

河村

-これまでの研究で大きな失敗をしたことはあったのでしょうか。

桑野

もともと学生のときに基礎研究などしていなかったので、言ってみれば素人が研究を始めたようなもので、研究はその時、その場で一所懸命仮説を立てて検証することを繰り返してきました。研究では当然、当たりも外れもあります。しかし、それは失敗ではありません。成功のために経験を積んでいるということです。

河村

研究の道を志す学生に伝えたいことはありますか。

桑野

私は学生のときにもっと基礎研究をしておけば良かったと思っています。細胞の代謝のメカニズムなどを学生のときに理解していたら、もっと素晴らしい研究実績を残せたかも知れません。
たとえ将来的に海外に行くにしても、研究の基礎的手法、例えば分子生物学的解析法、細胞培養、動物実験や統計解析、臨床の知識など付けておかないとそういうチャンスに恵まれませんし、力を付けておいたほうがより大きな成果を得られるはずです。まず日本で臨床を経験して、しっかりとした知識や技術を身に着けた上で、海外に行くようにするべきでしょう。

教授×学生 対談

研究の最終目的は治療法の確立です。そのためにも臨床に取り組みながら、研究と両立させていくことを心がけてください。

教授×学生 対談

対談者プロフィール

桑野和善教授

呼吸器内科 教授
桑野和善(くわの かずよし)

福岡県久留米市出身。1982年、鹿児島大学医学部卒業。
ラグビーと焼酎に熱中しすぎたことは後悔している。1987年、九州大学呼吸器内科へ入局。COPDの研究で学位取得し、1989年よりバンクーバーのBritish Columbia大学へ留学。帰国後、間質性肺炎の研究を開始し、2003年九州大学呼吸器科准教授。
2007年より現職。

河村

医学科6年生
河村明良(かわむら あきら)

海城高等学校卒業。
基礎医学研究者に憧れ、医学部入学を志す。2年次より生化学講座にてがんの基礎研究に従事し、筆頭著者としてKawamura et al., J Cell Sci. (2022)を発表した。初期臨床研修修了後より基礎研究の道を目指している。
学内では、卓球部・疫学研究会・Jikei CPR-study groupに所属。