対談教授vs学生学生が聞く! 研究者のホンネ 対談教授vs学生学生が聞く! 研究者のホンネ
馬場

私立大学研究ブランディング事業「働く人の疲労とストレスに対するレジリエンスを強化するEvidence-based Methodsの開発」は、「病気を診ずして 病人を診よ」という建学の精神をブランド化するものとして位置付けられています。今回ご紹介するのは、循環器内科の臨床と基礎研究に従事し、心臓病を広い視野で研究されている内科学講座循環器内科主任教授の吉村道博さんです。なぜ心臓という臓器を研究テーマに選び、どんな想いを持って研究に取り組んできたのかなどについてお話を聞きました。

心臓はポンプ機能を持つ
ホルモン臓器だった!

教授×学生 対談

馬場

-なぜ心臓病を研究テーマに選ばれたのでしょうか。

吉村

学生時代に興味を持ったことが2つありました。一つは心房性(A型)ナトリウム利尿ペプチド(ANP)です。私が在学していた宮崎医科大学の松尾壽之先生と寒川賢治先生らによって単離同定されました。それは私が大学4年生の時でその講義を今でも鮮明に覚えています。ポンプ作用しかないと思っていた心臓からホルモンが出ることを知ってとても不思議に思いました。もう一つはポリクリで受け持った冠攣縮性狭心症の患者さんです。完全に血液が止まってしまうくらいの強い収縮がなぜ大事な冠動脈で起きるのか、不思議に感じました。

ANPにしろ、冠攣縮にしろ、どちらも心臓での出来事だったことから循環器には何となく興味を持ちました。ただし、当時は「循環器内科」という科は国内には殆ど存在せず、たまたま1984年に熊本大学にて新設されたので、そこに1986年に3期生として入局したのです。当時の初代教授は冠攣縮で有名な泰江弘文先生でしたが、実は泰江先生もANPには強い興味を持っておられました。
研修期間を終えて、レジデント時代は朝から晩までカテーテル検査に没頭しました。救急対応もたくさんしまして、とてもよい経験になりました。その後は、大学院に進みましたが、「縁」とは不思議なもので、結局は学生時代に興味を持ったANPと冠攣縮を研究テーマとすることになったのです。

馬場

-どのように研究を進められたのでしょうか。

吉村

大学院で研究を開始することになったのですが、具体的には松尾先生と寒川先生らによってANPの次に単離同定された脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の研究から始めました。泰江先生が京都大学の内分泌内科のご出身であり、その縁で京大とは交流が深く、共同研究をさせて頂きました。当時、京大には中尾一和教授がおられて、それから今日に至るまで中尾先生にはお世話になっています。当時、ANPとBNPの測定を徹底的に行い、幸い次々に論文を発表することができました。

教授×学生 対談

そして、京大でBNPの実験をしている最中に泰江先生から突然連絡が入りました。BNPの研究と同時に冠攣縮の遺伝的要因の研究を始めるようにとのことでした。当時、血管内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の遺伝子構造が報告されたばかりであり、泰江先生は、このeNOS遺伝子にはおそらく多型があり、それが冠攣縮と関係あると推定されたわけです。直ぐに熊本に帰ってご相談しましたが、当時、熊本大学循環器内科教室内には分子生物学的な研究をする設備や技術は殆どありませんでした。しかし幸いなことにこの分野においても京都大学の中尾教授のご指導を受けることができ、研究に没頭しました。結果としてeNOS遺伝子多型と冠攣縮の関係を証明して論文を発表することができました。

結局は学生時代に興味を持ったものが研究テーマとなりました。「縁」とは不思議なものです。

吉村保之教授

臨床で得られる疑問が
研究のテーマとなる

教授×学生 対談

馬場

-研究を続ける中で辛かったことはどんなことですか。

吉村

研究を40年近くやっていますが、辛いと思ったことはありませんね。とにかく未知への興味が私を突き動かしてきました。医学には無限と言って良いほどの謎がありますが、未知の領域を探索しているとワクワクするわけです。そういった性分なのかもしれませんね(笑)。しかし、研究は想定した通りにはいきません。意外なところに真実が転がっていることもありますので、その謎解きがまた楽しいわけです。

馬場

先生は臨床も大切にされています。それが研究にどう役立っているのでしょうか。

吉村

私の場合は臨床が基本です。患者さんに接していると日々疑問が湧いてきます。それをとりあえず頭に入れておいて、研究の中でいつかそれを引き出すわけです。もちろん答えが見つかるのはいつになるかは全く分かりません。つまり、将来のアウトプットの為に、若い時からインプットを続けることが非常に大事だと思っております。

教授×学生 対談
教授×学生 対談

馬場

-私は来年から研修医になりますが、いずれは研究者の道に進みたいと考えています。ただ、研修医を経て大学院に進んだ場合、研究者としてのスタートが遅くなってしまいます。PhDを取得して研究職についている人とどう勝負して行けば良いのでしょうか。

吉村

基礎のPhDの方々は、生命現象そのものを追っているのですが、臨床医はヒトの疾患に注目して研究しています。つまり、目的がそもそも少し違うことが多いようです。臨床医はベッドサイドでの経験を基盤としてものを考え、それは実験の目的や方法論にまで影響を及ぼします。

吉村

つまり、臨床医は基礎のPhDの方々とは違う成果を生み出すことができるはずなのです。臨床医は一見遅れて基礎研究を始めているようですが、それまでの過程は無駄には全くなっていません。ちなみに、私の場合は研修医とレジデントを計3年やってから臨床研究と基礎研究を同時に始めました。本格的に分子生物学を用いた研究を始めたのはeNOS遺伝子研究の時でしたので35歳を過ぎていました。結局のところ何をするにも年齢は関係ないのかもしれませんね。

教授×学生 対談

一所懸命に取り組めば
自然と道は開けるもの

教授×学生 対談

馬場

-慈恵にいらしたのはどういう経緯だったのでしょうか。

吉村

熊本大学の准教授をしてから2007年に教授として慈恵に来たのですが、それまでは慈恵とは全く縁はありませんでした。ただ、歴史のある医科大学として地方でも有名であり、学祖の高木兼寛先生が宮崎出身ということもあって、親しみのある大学ではありました。ちょうど講座担当教授を募っていたので応募させて頂いたのがきっかけです。

馬場

-研究面などでギャップを感じたことはあったのでしょうか。

吉村

最初は知らない方々ばかりでしたので、若干戸惑うことはありましたが、殆ど問題はありませんでした。ゼロからのネットワーク造りは、私は慣れており、これまでの宮崎、熊本、京都での経験が生かされました。慈恵医大の皆さんには本当によく協力して頂きました。

教授×学生 対談
教授×学生 対談

馬場

-研究者としてのロールモデルはいらっしゃるのでしょうか。

吉村

先にご紹介しました、私の恩師でもある熊本大学の泰江弘文先生と京都大学の中尾一和先生が私のロールモデルと言えるかと思います。泰江先生におかれましては今年で89歳を迎えられますが、一般病院で今でも研究をされており、論文を発表しておられます。お二人以外に実はもう一人、私の先輩で現在熊本大学の学長をされている小川久雄先生を挙げたいと思います。小川先生は最近、医学のみならず工学(半導体)の分野でもコメントされています。つまり、広い視野で物事をみておられますのでその姿勢には学ぶ点は多いです。いずれの先生方もサイエンスに対する強烈な興味を持ち続けておられる点では同じです。

馬場

-研究だけで生き残っていくのは大変そうですが。

吉村

不思議なことですが、研究への強いマインドさえ持っていれば、研究費やポストは後からついてきます。下手に成功しようとか、これで食べていこうとか思わないことが大事なように思います。無責任に聞こえるかもしれませんが、興味のあることに一所懸命取り組んでいれば自然と将来につながります。眼の前のテーマを真摯に追って堅実に成果を積み重ねていって下さい。

教授×学生 対談
馬場

論文の足りないところを指摘されて落ち込むこともありますが、研究につまずいてもくよくよ悩まない方が良いということでしょうか。

教授×学生 対談

吉村

私も論文を投稿して落とされたことは山ほどあります。落とされると悔しくてがっかりした気持ちになりますが、常にプラス思考です。査読者のコメントに自分では気づかなかったことが指摘されていることもありますので、それはとてもありがたいことです。

慈恵の強みは
連携の良さ
そして
貴重な症例の多さも

馬場

-研究という領域での慈恵の強みはどこにあるとお考えですか。

吉村

慈恵医大は研究がしやすいと思います。慈恵の良いところは各科の間の垣根の低さ、つまり横の繋がりです。困ったことがあってもお尋ねするとすぐに快く教えてくれますし、協力してくれます。もちろん他大学でも同じ様に協力的な人たちはいますが、慈恵は格別にそういう方々が多いようです。慈恵医大の伝統的な教育のおかげだと思いますし、学生時代の活発なクラブ活動のおかげでしょうか。

教授×学生 対談

それから、私が慈恵医大に来て17年目ですが、データベースを充実させることができました。今ではおよそ8000名の患者さんのデータベースを構築して、そこから既にたくさんの論文が出ています。このように様々な症例を集めたデータベースを作れるだけの貴重な症例数があるのも慈恵医大の強みです。

教授×学生 対談

馬場

-先生の今の慈恵での研究とその方向性を教えてください。

吉村

私はANP・BNP研究から端を発して臓器間ネットワークの重要性を強く認識するようになりました。つまり、「臓器連関」の研究です。心臓と腎臓、副腎、肺、肝臓、甲状腺、下垂体との関係、そして代謝や血球成分との関係なども研究しています。慈恵医大に来てから研究対象が心臓から全身に広がりました。

「病気を診ずして 病人を診よ」という慈恵の建学の精神に自然と導かれたのかもしれません。

吉村保之教授

大学病院の医師にとって
研究と臨床と教育は三位一体

馬場

-先生の臨床、研究、教育に関する考え方を教えてください。

吉村

私は若い頃「片手にカテーテル、片手にピペット」状態でした。つまり、臨床をしながら研究も同時に行っており、そしてそのやり方を後輩たちに勧めてきました。今でも私は臨床と研究と教育を分けて考えてはいません。
例えば研究から話を始めると、研究はすればするほどさらなる疑問が湧きます。そしてそのマインドは臨床でも生きてきて探究心が刺激されます。未知の事象の前では謙虚な姿勢が育成されるでしょう。

教授×学生 対談

そして、患者さんの話をより真剣に聞くようになりますし、そうなると患者さんとの関係がさらに良くなります。その良い循環を若い医師達はみています。それこそが効果的な真の教育であると思います。「良い研究者は良い臨床家であり、良い臨床家は良い教育者である」ということを聞いたことがありますが、まさにその通りだと思います。

教授×学生 対談

馬場

-先生の研究領域は10年後、20年後どうなっていると思われますか。

吉村

歴史的に心臓病の研究はポンプとしての臓器研究から始まりました。しかし今や内分泌代謝の観点からも考える必要があることがわかってきました。今後、心臓エネルギー代謝研究として益々発展するでしょうね。また、心臓病領域におけるストレス研究が話題となっています。つまり、将来、脳研究と融合することは間違いないと思います。また、免疫や癌の分野との共同研究も始まるでしょう。

そして、再生医学の恩恵も近々受けることでしょうし、医工学の発展で人工心臓の研究も進展するでしょう。心臓病学の研究はこれまでは序論であり、これからが本論のように思っています。若い人たちにもこの分野に入って頂き、ご活躍して頂きたいと思っております。

教授×学生 対談

対談者プロフィール

吉村和善教授

循環器内科 教授
吉村道博(よしむら みちひろ)

熊本県出身、1986年 宮崎医科大学卒業、1993年 熊本大学大学院修了。循環器内科の臨床および基礎研究に従事し、特に冠攣縮と心不全の研究を行う。心臓をANP,BNPをはじめとしたホルモンを分泌する内分泌器官としてとらえて解析を続けている。2007年から現職であり、「心臓病と臓器連関」を研究テーマとして掲げて多彩な学会で活動している。

馬場

医学科6年
馬場有夢(ばば あむ)

淑徳与野高等学校卒。医学部入学後、研究や教育といった医師の多様な働き方を知る。2年生より細菌学講座で研究活動に従事し、2021年日本バイオフィルム学会で若手優秀発表賞金賞を受賞。またカリキュラム委員会や学生委員会にも所属し、3年次には学生委員長を務めた。部活は女子バスケ部、ESS、Jikei CPR Study group等。将来は母校で教鞭を取りたいです。