プライマリケアのための臨床研究者育成プログラム

取組に至った経緯

Evidence-Based Medicine(EBM)が医療の根本的概念として定着し始めたとはいえ,そのevidenceは,主に海外からの情報によるものである。国内においても,妥当な臨床研究が行われつつあるがいまだ不十分である。この原因の一つは,EBMという単なる言葉や概念だけが普及し,臨床研究や疫学の知識や技術が浸透していないことが挙げられる。
文部科学省は「社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム」を公募しているが,平成19年度のテーマの一つとして「臨床研究者の育成」が挙げられた。これは我が国において臨床研究に携わる専門医療人の育成が欧米と比較して遅れていることの危機感があるためと考えられる。採択された7つのプログラムの中でも,私たちが提案した「プライマリケア現場の臨床研究者の育成」は,他のプログラムと比べ,やや趣きが異なると考えている。本プログラムの最大の特徴は,その対象者にある。他のプログラムが主に臨床試験を中心とした介入試験や,大規模研究に携わる医療人養成を目的としているが,本プログラムはプライマリケアに従事する医療人を対象にしている。
これは実際の医療現場で生じている問題を解決する研究,すなわち「臨床にたずさわる医療者こそが行うべき社会の要請に応えるような研究」をすることがEBMの本質であることを考えると,単純に疫学や生物統計学の専門家を育成するだけでなく,医療の現場で日々の診療や業務にあたっている医療者が,臨床研究の素養を身につけていく必要があると日頃から筆者が感じていたことにその源がある。
もちろん臨床研究の素養は,診療所のようなプライマリケアから,中小病院の2次,そして大学病院や地域基幹病院といった3次医療のすべての段階の医療者に求められるものであるが,特にプライマリケアの現場では必須であると考えている。なぜなら第一に医療そのものとしての地域医療やプライマリケアの重要性が叫ばれていること,第二にプライマリケア環境では,大学病院のように指導者にアクセスすることが難しいこと,第三にプライマリケアで生じた問題は,そこに携わる医療者にしか認識できないことからである。臨床研究とは現場で行なわれ,その成果をevidenceとして患者に還元することがゴールと考えれば至極当然のことであろう。
すなわち今後ますます重要視されるプライマリケア環境(診療所等)で生じた問題を解決していくためには,その現場で診療業務に携わる人たちが臨床研究や疫学の知識や技術を備えることこそが,地域医療の充実に繋がる。一方,大学病院には臨床研究や疫学の知識や技術を備えた専門家がおり,大学病院での臨床研究を支援する機能を有している。とくに本学は,臨床研究の重要性を認識し平成13年に総合医科学研究センターに臨床研究開発室を開設した。臨床研究開発室では主に学内の臨床研究の支援を行ってきた。具体的には1)臨床研究プロジェクトの立案,実行,解析の支援,2)疫学・臨床研究指導者の養成の2本の柱からなる。既に,臨床研究指導者の養成の一環として,大学院医学研究科博士課程では疫学,生物統計学の講義および臨床研究をテーマとした大学院生のメンタリングを,さらに公開講座としてのクリニカルリサーチコースでは,基礎疫学,臨床研究デザイン法,生物統計学のコースを設置し医師,看護師だけでなく,薬剤師,診療技術職者など学内外の多くの参加者を受け入れてきた。しかし今までの活動の対象のほとんどが病院医療者であり,プライマリケアに従事する医療者とのつながりが希薄であった。