お知らせ

総合母子健康医療センター10年の歩みと今後の課題

 東京慈恵会医科大学附属 総合母子健康医療センターは岡村哲夫前理事長学長の発案により “大学直属総合母子医療センター”として、本邦の多くの大学に先駆けて平成13年(2001年)11月に開設され、昨年2011.11月をもって10周年を迎えました。この間、われわれは首都圏における小児周産期医療の一翼を担う地域周産期医療センターとし高度母子医療を集約的に実践し多くの実績をあげることができたと自負しております。これも皆様のご支援ご協力の賜物とこころより感謝申し上げております。
ここにセンター開設後の10年のあゆみと臨床実績の概要をご紹介するとともに現状の課題と将来展望について述べさせていただきます。

センターの10年間の変遷

少子高齢化の社会構造の変化を背景に、こどもの健全育成を目指した21世紀の医療として『母子の健康と安心できる子育て』を推進する国の少子化対策を先取りする画期的試みとして岡村哲夫前学長の発案により設立した当センターでありますが、その後の10年間の母子医療を取り巻く社会情勢は極めて厳しいものであります。医師研修制度改革の弊害とも言われる『医師の偏在』とこれらが招いた『小児医療クライシス』は2004年前後から顕性化しました。また産科領域においても過酷な労働状況や医療過誤訴訟などによって『産科離れ』が加速し救急受け入れ転送拒否事例の発生などが続発し、ここ東京都心においてさえ『産科医療崩壊』が深刻化いたしました。一方で東京都を中心とした行政対策(周産期医療センター運営費補助事業やスーパ総合周産期センター構想など周産期体制の強化対策)、非採算分野とされてきた小児産科周産期医療の診療報酬引き上げ、さらに医師偏在の一因とされた医師研修制度の見直しなどが今後われわれを取り巻く環境改善の活性化へ寄与し得る可能性があります。
このような大きく目覚ましく変動する状況の中、当センターは2002年11月のPICU設置と2006年5月の増床および2007年12月のNICU(GCU)増床、4E感染対策工事などを経て小児集中治療のための体制を充実してきました。診療体制としては2008年4月、衛藤義勝初代前センター長の退任に伴い心臓外科森田紀代造教授がセンター長を引き継ぐとともに、新生児小児部門を井田博幸小児科学教授が、栗原邦弘教授の後任として内田満教授が加わり、さらに本年には田中忠夫教授の退任をうけて岡本愛光教授が産婦人科講座教授として着任され母子センターの診療に加わることになり、センターの指導陣営も2nd generationとして大きな変革期を迎えています

診療実績の概要

センターでは開設以来、母体・新生児搬送やハイリスク妊娠、周産期緊急を積極的に受け入れるとともに人工授精、生殖不妊治療、重症小児疾患の専門内科系治療(先天代謝異常症:ライソゾーム病など特殊疾患の内科治療など)や専門性の高い各種小児外科系手術など高度母子医療を集約的に実践し、多くの領域で実績をあげてきました。
まず診療面で特記すべきは本邦でもトップクラスの新生児、周産期医療実績です。NICUでは入院児数157 例(2008) 175例(2009) 166例(2010)でありうち1500g未満の極低出生体重児が40例(2008) 45例(2009)44例(2010)と25-26%%を占めており全国的に見ても優れた低出生体重児受け入れ実績を示しています。また産科生殖器診療では母体搬送受け入れ数は2008年以降、年間70-90例に増加するに伴い、ハイリスク妊娠件数, 分娩件数は2010年1000件/ 720 件と著しい増加を示しました。また開設当初 150件前後であった人工授精件数は2009 年347件 2010年 365件と増加の一途をたどっています。
一方外科系においては、小児外科では鏡視下手術の積極的導入をはじめ、年間手術例400例と開設後10年で倍増するなど顕著な実績を示されています。また小児形成外科を中心とした頭蓋顔面先天異常症の外科治療は脳外科、小児科、産科(胎児診断)をはじめ耳鼻科歯科眼科放射線科など多岐にわたる診療科によるグループ診療体制という本センターの大きな特徴であるチーム医療の成果により優れた実績を残してきました。さらに本邦でも独立した診療体制の完備がまれな小児脳外科部門(二分脊椎、水頭症、脳腫瘍など)および小児心臓外科部門(先天性複雑心疾患、フォンタン、ロス手術など)の専門外科治療も本センターの大きな実績となりました。
これらの実績はセンター担当主要診療部にとどまらず小児に携わるすべての診療科(耳鼻科・眼科・整形外科・泌尿器科)ならびに中央診療部門の医師、看護部および 検査・薬剤・SW・事務部門などすべての業種のスタッフのたゆまない努力協力の賜物であります。

課題と展望

一方で克服すべき課題も指摘されております。母子センター2Eおよび4E病棟のベッド稼働率はおおむね73〜76%前後で推移していますが、感染対策個室の絶対的不足により感染症罹患児(インフルエンザ RSウィルス ノロウイルス)の受け入れ制限や院内感染蔓延防止のための入院制限などによる稼働率への影響は無視できません。さらに小児集中治療の要請は増加の一途でありPICU2〜4床増床後もほぼ常に満床状態であり、pICU満床のため小児術後症例や小児緊急要請例を中央棟ICUにて管理さざるを得ない事例も少なからず生じています。これらの課題の多くは現在のセンター:E棟の構造上の問題に起因しており、近未来のセンター構想として小児ならびに周産期緊急症例の救命という社会的ニーズに対応し得るセンターの設備と規模の確保が不可欠です。外来および入院診療が母子センター内のみでは完遂し得ないという現状の問題をふまえ、今後の新たな母子センター構想では小児母子双方の外来機能をセンター内で集約化し、手術室ならびに集中治療部門、侵襲的検査部門を含めた母子センター機能の自己完結化が理想と考えられます。一方で多岐にわたる領域と幅広い年齢層を対象にした多角的医療の実践の観点からは大学附属病院だからこそ可能なアドバンテージとして附属病院および大学研究組織との効率的導線の確保も重要と考えられます。新外来棟を中心とした附属病院リニューアルにむけて併せてセンター構想の綿密な熟慮・立案がまさに今からの課題です。
さらに最適な医療を提供するための次世代の人材育成は将来を見据えたセンターの重要な責務です。今日我が国で小児科産科医師不足が深刻化している背景には、この分野が極めて多岐に亘る疾患病態を扱い専門性習得に多大な修練とリスクが伴う一方で、その医療としての崇高な目標や医学的意義が軽視され、医師としてのやりがいや社会的価値観が欠如している現実も一因であろうと思われます。われわれは「人間の発育と発達を守る」という独自のアイデンティティーを有するこのすばらしい領域を若い医師や看護師がプライドと情熱を持って選択できるようにセンターにおける魅力ある医療環境の整備に積極的に取り組みたいと思っています。

われわれセンターの目指す医療は『人間の発育と発達を守る医療』つまり胎児、新生児からこどもの時期を経て次世代を育むおとなの世代へと連なる健全なライフサイクルに対する継続的医療の実践です。これらには不妊に代表され生殖医療、ハイリスク妊娠、出生前治療から産科新生児科が連携する周産期医療にはじまり小児救急時間外診療 小児集中治療、小児期高次外科治療、小児内科系難病や慢性疾患の長期管理 さらに成人へのキャリーオバーに至る幅広い対象を含んでおります。わたしたちはすべての診療部門と看護分野において自らの知識手技の進歩発展を常に忘れることなく、24時間365日必要とするすべての患者さんのためにいつでも開かれているセンターを目指して、母子のすこやかな心身のため努力していきたいと思います。今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

センター長 森田紀代造