多発性硬化症(MS)・視神経脊髄炎(NMO)
概念
神経細胞の興奮を他の神経細胞や末梢に伝える神経樹状突起は、しばしば電線に例えられます。電気信号を伝導する鉄心の部分を軸索と呼び、これを覆う絶縁体が髄鞘と呼ばれます。この髄鞘が何らかの機序で壊され、興奮の伝導が障害される病態を脱髄と呼びます。多発性硬化症や視神経脊髄炎は、中枢神経内部で自己免疫的機序により髄鞘が攻撃されて脱髄病変が多発し、運動麻痺、感覚麻痺など様々な症状が現れる病気です。
症状
一般に視神経炎による視力障害が多くみられます。この他、大脳や脊髄の病変により、運動麻痺、感覚障害、平衡機能障害など様々な症状が現れます。本疾患の特徴として、これらの症状が繰り返し出現、消退することがあります。
日本人を含むアジア人では、比較的急速に視神経と脊髄に病変が出現し、障害が高度に進行する病型がしばしばみられます。このアジア人にみられる型に抗アクアポリン4抗体(AQP4)という神経細胞膜蛋白に対する抗体を認めることが明らかになりました。本型は、障害の進行度・重症度や治療方針が従来の多発性硬化症と異なるため、視神経脊髄炎(NMO)として分けて扱います。
診断
臨床経過、眼科的・神経学的診察所見、脳・脊髄MRI検査、脳脊髄液検査、各種神経生理学的検査を参考に診断します。とくに上記の視神経脊髄炎が疑われる場合は、抗アクアポリン4抗体も測定します。
治療
本疾患の治療目的には、急性期の病気の鎮静化と、慢性期の再発や進行の予防があります。
発症急性期には、多発性硬化症や視神経脊髄炎を問わず、パルス療法と呼ばれる副腎皮質ステロイド薬の大量点滴投与を行い、疾患の活動を鎮めます。視神経脊髄炎では、パルス療法が効かないことあり、その場合には血漿交換療法を行います。慢性期には、多発性硬化症ではフマル酸ジメチルやオファツムマブなどの疾患修飾薬で再発予防を行います。視神経脊髄炎では副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬の経口薬,あるいはエクリズマブやサトラリズマブの注射薬で再発予防をします。 当科では多発性硬化症と視神経脊髄炎をきちんと鑑別し、患者さんに合った治療方針を立てています。
重症筋無力症(MG)
概念
運動神経の末端と筋肉が繋がる場所を神経筋接合部と呼びます。この部位では、アセチルコリンという物質が神経側から放出され、筋側が受け取ることで刺激の伝達が行われています。本疾患では、このアセチルコリンを筋が受け取る際に、これを妨害する抗アセチルコリン受容体抗体という物質が血液中に出現し、運動神経からの刺激が筋へ伝わらないために筋力低下や筋疲労現象が出現します。
症状
疲労時にまぶたが下がる(眼瞼下垂)、物が二重に見える(複視)といった眼の症状を多く認めます。この他、首を含む全身の筋に、筋力低下や動かしているうちに力が出なくなる筋疲労現象を認めます。重症例では、呼吸筋に麻痺が出て緊急の人工呼吸器管理を必要とする場合もあります。
診断
臨床症状、とくに眼に関する症状や筋疲労現象、神経学的診察所見、血液中の抗アセチルコリン受容体抗体、誘発筋電図検査(反復神経刺激試験)、エドロフォニウム試験などを参考に診断を確定します。
治療
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胸腺摘出術
本疾患では、通常成人では萎縮している胸腺という組織がしばしば腫大し活発に活動しており、発病に大きく関わっていることが判明しています。この胸腺の摘出は症状の改善につながります。当科では、全身型の重症筋無力症の場合、拡大胸腺摘出術を検討します。
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薬物療法
本疾患の原因である抗アセチルコリン受容体抗体は、自己の身体を攻撃してしまう抗体です。すなわち、重症筋無力症は膠原病やリウマチと同様に自己免疫疾患と捉えることができます。そこで、薬物療法の中心は、自己免疫を抑える副腎皮質ステロイド薬となります。症状に応じて、点滴投与(ステロイドパルス療法)、経口投与を行います。ステロイド薬を積極的に減量するために免疫抑制薬も併用します。ステロイド薬と免疫抑制剤で効果が不充分な時は,大量免疫グロブリン療法や生物学的製剤の使用を検討します。
ギランバレー症候群(GBS)
概念
かぜや下痢などの感染症状のあと、1-2週の間を空けて急に四肢の運動麻痺や感覚障害の出現する病気です。感染を契機に免疫機能に異常が起こり、末梢神経に対する自己抗体が産生されて運動・感覚神経の障害が起こります。通常は、末梢神経を構成する髄鞘が障害されます(脱髄)が、中心部の軸索が障害される場合もあります。
症状
風邪症状や下痢の1-2週間後に、急に手足の脱力や感覚障害が現れるものですが、先行する風邪症状などは明らかでない場合もあります。多くは、下肢から始まる急性進行性の四肢の運動・感覚障害を主症状としますが、ときに咽頭筋の麻痺や顔面神経麻痺を認めることもあります。重症の場合、呼吸筋麻痺となり人工呼吸器管理を必要とする場合もあります。眼球運動麻痺、平衡機能障害、四肢の運動調節の障害を主症状とする場合、フィッシャー症候群と呼びます。
診断
臨床経過、神経学的診察所見、末梢神経伝導検査および脳脊髄液検査で診断を行います。とくに、脳脊髄液検査において、蛋白が増加し細胞数に変化のないこと、神経に含まれる糖脂質に対する自己抗体の検出が診断の確定になります。
治療
病初期に血液中の血漿成分を入れ替える血漿交換療法、大量の免疫グロブリンを点滴投与する大量免疫グロブリン療法により、病気の進展を抑え、回復を早めます。
当科では、患者さんの身体への負担が少ない大量免疫グロブリン療法を第一に行っています。なお、本疾患は慢性疾患ではないので、重症筋無力症や多発性硬化症のように初回治療後に慢性的に免疫療法などを継続することはありません。
慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)
概念
末梢神経の髄鞘に対する自己抗体が血液中に現れ、亜急性または慢性に四肢の運動神経、感覚神経が障害される病気です。急性発症で一回の治療で回復、治癒するギランバレー症候群と対照的に、しばしば慢性、再発性の経過をとります。
症状
亜急性、慢性に進行する四肢の筋力低下、感覚障害が主症状です。ときに、運動麻痺のみで感覚障害をともなわない場合もあります(多巣性運動ニューロパチー)。治療により一旦軽快しても、再発を繰り返すことが多い疾患です。
診断
臨床経過、神経学的診察所見、末梢神経伝導検査および脳脊髄液検査で診断を行います。とくに、神経伝導検査で脱髄病変の特徴を認めること、脳脊髄液検査において、蛋白が増加し細胞数に変化のないことが診断の確定になります。診断が難しい場合、末梢神経の一部を採取し病理学的に調べる場合もあります(神経生検)。
治療
ギランバレー症候群と同様に、大量免疫グロブリンの点滴療法が有効です。また、本疾患では、副腎皮質ステロイド薬も有効で、慢性期の進行防止、再発予防に維持量のステロイド薬を服用します。ステロイド薬で効果が不充分,もしくは副作用が懸念される場合は大量免疫グロブリン療法や生物学的製剤による再発予防を検討します。
当科では、患者さんの症状、経過をみつつ治療法を選択し、場合によっては外来で点滴治療を行うこともあります。
パーキンソン病、パーキンソン症候群
概念
日頃私達が歩いたり様々な作業や運動を支障なく行う際には、大脳基底核とよばれる脳の深部に位置する細胞群が重要な役割を果たしています。この大脳基底核へ指令を伝える伝達物質にドパミンという物質があります。パーキンソン病では、このドパミンを産生する中脳と呼ばれる部位の神経細胞が何らかの原因で障害され脱落する結果、脳内がドパミン不足となり、手足の振えや動作の遅さ、筋のこわばりなど様々な症状が現れるものです。
一方、パーキンソン症候群はパーキンソン病でみられる症状を示す疾患群の総称で、広義にはパーキンソン病を含みますが、狭義にはパーキンソン病以外の原因でパーキンソン病類似の症状を示す疾患群をさします。具体的には、脳血管障害に伴うもの(脳血管性パーキンソン症候群)、抗精神病薬など薬剤に関連するもの(薬剤性パーキンソン症候群)、多系統萎縮症,進行性核上性麻痺など、様々な疾患を含みます。
症状
パーキンソン病では、手足の振え(振戦)、動作の遅さや身体の動きの低下(動作緩慢、無動)、筋が硬くなりこわばって脱力できない(筋強剛または筋固縮)、歩行障害がみられます。とくに歩行は、前かがみの姿勢で歩幅が狭くなり腕を振らなくなります。歩行が速すぎたりバランスを崩したりすると、下肢の踏み出しが上半身に追いつかず、止まらずに突進してしまいます(突進現象)。また、歩き始めに下肢が前に出ず同じ位置で足踏みをしてしまうという症状(すくみ足)もみられます。これらの症状は同一の患者さんに全て現れるのではなく、人によっていくつかの組み合わせで症状が現れます。 一部の患者さんでは、パーキンソン病の経過中に認知症を合併することもあります。
診断
問診で手足の振えや動作の遅さ、歩行障害の訴えをみた場合、神経学的診察でパーキンソン症状を確認します。次に、病気がパーキンソン病なのか、他の原因によるパーキンソン症候群なのかを鑑別するために、頭部MRIを含む精査を行います。また,Datスキャンで脳内のドパミン神経の変性や脱落を確認したり,MIBG心筋シンチグラフィーで心臓交感神経機能を確認したりして診断の精度を高めます。
治療
パーキンソン病の治療の主体は、薬物療法です。現在、ドパミン不足を補うL-ドーパ製剤、脳内のドパミン受容体に働きかけるドパミンアゴニスト、ドパミンの分解を妨げ脳内の濃度を上げるMAO-B阻害薬など多くの良い薬が出ています。
当科では、患者さんの年齢、症状に合わせてこれらの薬物を単独、または組み合わせて治療を行っています。長い経過の中で、薬が効かなくなってきた、あるいは服用してもすぐに切れてしまう、といった症状がある場合、入院の上薬物を組みなおすこともあります。
この他、当院では実施しておりませんが、手術療法として脳深部電気刺激療法があります。本治療法は、パーキンソン病を手術で完治させるものではなく、あくまで薬物療法と組み合わせて症状をコントロールするものです。
脊髄小脳変性症(SCD)、多系統萎縮症(MSA)
概念
私達が様々な運動や作業を上手に円滑に行う際には、動きに必要な身体各所の多くの筋肉が同時に、あるいは順を追って協調して収縮することが必要です。小脳はこの多くの筋の収縮を全体として協調させ運動をコントロールするために大切な働きをします。従って、小脳が障害されると、筋収縮の協調が失われるために、正しく円滑な動きが出来なくなります。口唇、舌の動きもぎこちなくなるため、呂律がまわらず話しづらくなります。また、体のバランスが失われるためにふらついてしまいます。これらの症状を失調と呼びます。失調の例としては酒を飲み過ぎて酔っ払ったときを想像されると良いでしょう。脊髄小脳変性症は、小脳や脳幹、脊髄の細胞が徐々に脱落する疾患で、失調を主な症状とします。遺伝性の型では次々と原因遺伝子が解明されてきましたが、孤発性の型(血縁者に発症者がなく患者本人のみ発症した場合)では、まだ解明されていません。
多系統萎縮症は、非遺伝性の脊髄小脳変性症の一種で、失調症状が全面に出るMSA-C、パーキンソン症状が全面に出るMSA-Pがあります。
症状
脊髄小脳変性症では、歩行時のふらつき、不安定感を初発症状とすることが多く、ゆっくりと進行します。既述の失調症状として、運動や手の作業が下手になる、呂律がまわりにくくなる、まっすぐに歩けなくなる、といった症状も現れます。病型により、他に起立性低血圧、排尿障害、インポテンツなどの自律神経症状、動作が遅くなる、筋がこわばるといったパーキンソン症状、下肢のつっぱりといった錐体路症状が加わります。
診断
臨床経過と神経学的診察で本疾患が疑われ頭部MRIで小脳や脳幹部の萎縮を確認出来れば診断が確定します。家系内発症のある場合、さらに血液で遺伝子診断を行う場合もあります。多系統萎縮症の場合、ときに病初期の診断が難しく、当初パーキンソン病や脊髄小脳変性症と診断され、経過中に症候の変化や検査所見から診断が確定する場合もあります。
治療
本疾患の根治的治療方法は現在なく、対症療法とリハビリテーションが治療の中心となります。薬物療法として、運動失調を少しでも軽減するためにタルチレリン水和物を使用します。またパーキンソン症状が強い場合には、抗パーキンソン病薬を、不随意運動には抗てんかん薬であるクロナゼパムを用いることもあります。 当科では、まず診断が確定した後、患者さんに病型、進行度や予想される症状をお話し、実生活に合った治療方針を選択するように心がけています。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
概念
私達の体の筋肉の運動を司る運動神経には、大脳から脊髄に至る第一次運動ニューロンと、脊髄から筋に至る第二次運動ニューロンがあります。例えば、私達が足を動かそうとすると、大脳皮質の運動神経が興奮し、その電気的信号が腰髄まで下り(第一次運動ニューロン)、そこで第二次運動ニューロンに信号がバトンタッチされて下肢の筋肉まで伝わります。筋萎縮性側索硬化症は、この第一次、第二次運動ニューロンが徐々に脱落していく原因不明の疾患で、進行すると全身の筋の筋萎縮、筋力低下により動くことができなくなります。
症状
手の使いづらさ、握力の低下といった上肢の筋の症状から始まる方、話しにくさ、飲み込みにくさといった舌・咽頭筋の症状から始まる方など患者さんによって初発症状は異なりますが、進行とともに全身に筋力低下、筋萎縮が広がります。感覚障害、排尿・排便障害や内臓障害はありません。舌・咽頭筋の萎縮が進むと食事摂取が困難になります。呼吸筋の萎縮が進むと痰を出したり呼吸すること自体が困難になります。
診断
臨床経過、神経学的診察で本疾患を疑い、筋電図検査で第二次運動ニューロンの障害を同定します。脳脊髄液検査や放射線学的検査により、他の原因による運動神経・筋障害を除外します。
治療
残念ながら、本疾患の根治治療はありません。病気の進行を少しでも遅らせるためにリルゾール,エダラボン,メコバラミンという薬を用います。全身の筋萎縮、筋力低下に対して残存する筋に無理がかからない範囲でリハビリテーションを行います。呼吸困難が生じた場合、鼻マスクによる呼吸の補助を行いますが、最終的には気管切開により頸部に管を通し人工呼吸器による管理が必要となります。この気管切開と人工呼吸器装着については、患者さん、介護するご家族の意思決定が必要で、当科ではご本人の希望のみならず、ご家族の同意があるときのみ施行しています。食事摂取が困難になった場合、胃と腹壁を直接つなぐ胃瘻と呼ばれる管を通しそこから栄養を入れます。この胃瘻の造設にも患者さん、ご家族の同意が必要です。
初期診断の後、在宅療養が基本になりますので、ヘルパーや訪問診療の導入といった社会資源の活用が大切です。当科では、ALSの初期診断の後、難病相談・支援センターと連携し在宅療養に向けた治療方針を決定します。