対談 教授 x 学生 第22回

第22回 日本の大学で最多の解剖数の実績が研究者としての自信につながっている 

今回ご紹介するのは、法医学の道一筋で、筑波大学から東京大学、東京医科歯科大学(当時)を経て、慈恵の法医学講座教授に着任した岩楯 公晴さんです。年間800件から1000件という日本の大学で最多の解剖数を行っている教室の岩楯さんに、法医学のやりがいと慈恵についての感想などの話を聞きました。

学んでいくにつれて法医学が楽しくなった

藤野

―医師を目指したきっかけはなんだったのでしょうか。

 

岩楯 

 子供の頃に腎臓病になって、小学校5年生から中学校くらいまで入退院を繰り返していました。本当に満足に学校に行けなくて、病院での生活の方が長いくらいだったんです。

 だから医療には結構親近感を感じていて、将来何になりたいかと考えた時に、なんとなく医師になれたら良いなと考えるようになっていました。ただ、どうしても医師になるという確固たる意志があったわけではありませんでした。高校時代の担任の先生に医学部進学の希望を伝えると「医学部を目指すの?8年くらい浪人すれば入れるんじゃないの」と言われる始末でしたが、運良く筑波大学の医学部に入ることができました。

 しかし、大学病院にいた当時はたまたま自分の周囲の雰囲気があまり良くなく、臨床の道に強い魅力を見いだせずにいました。一方で、基礎研究者としていわば毎日試験管を振るようなことにも、当時はあまり関心を持てずにいたのが正直なところです。

 そんな中、筑波大学で法医学の教授をされていた三澤先生という方は話がうまくて、授業が楽しかったんです。もともと推理小説が好きだったこともあって「じゃあ法医学でもやってみようか」と軽い気持ちで法医学の道に進んだんです。

 

藤野

―法医学講座にいた大学時代は楽しかったのですか。

 

岩楯 

 今思い返して楽しかったと自信を持って言えるほどではなかったですね。法医学は小さな教室なので周りに人も少なく、大学院生の教育体制も十分とは言えず、それは現在のうちの教室や法医学全体にも共通した問題なのですが、私自身も受け身だったので、なんとなくモヤモヤとした時間を過ごしていました。

 でも東京大学の助教になって、遅い歩みながらもいろいろ学んでいくにつれて法医学を面白いと思うようになりました。

 東京大学法医学教室の髙取教授は飾らない方で、いわゆる放任主義の人でした。また、東大のネームバリューもあって多くの人が集まっていました。そういう仲間たちと一緒に過ごすのは楽しかったです。

 大学の近くに住んでいたこともあって、日付が変わるまで仲間たちと仕事や勉強をしたり、今の世の中では考えられないでしょうが夜中になってから教室で飲んだりもしてました。家に帰ってちょっと寝て、朝戻ってくるというような生活でした。あの頃が一番勉強したかも知れません。受け身でいるんじゃなくて、自分で考えて自分の好きなことをやっていいんだということを学んだのもあの頃でした。

未知のものに出会って知らないことを知る

藤野

―慈恵では研究というより実務の割合が多いかと思いますが、印象に残っている仕事はなんでしょうか。

 

岩楯 

 印象に残っている仕事というと、どうしても事件がらみの話になってしまいます。なので、あまり具体的にはお話しできないのですが、当時話題になった大きな事件や事故も担当しました。夜遅くに警察から連絡を受けて、翌日の解剖のために教室員を緊急召集したこともあります。

藤野

―法医学では対応しなければならない範囲が広いので、未知のものに直面することも多いかと思います。日頃どんな心掛けで臨んでいるのでしょうか。

 

岩楯 

 法医学に要求される一般的な医学知識は「浅く広く」なので、専門の診療科のような深い知識を求められることはあまりありませんが、解剖をしていく上でわからないことはけっこうでてきます。そういったときは知ったかぶりをしないで、そのたびに一つずつ勉強するなり、専門家に聞くなりすればいいと思います。知らないことをはっきり「知らない」と言えるのは、自分の知識や経験にそれだけの自負があることの裏返しなので、普段からそれだけ勉強していないといけないっていうことですよね。

藤野

―臨床の診療科だとガイドラインに準拠して勉強するとか、特定の臓器に特化して研究するとかというやり方が王道だと思うのですが、法医学だと診療科にかかわらず広く勉強が必要になります。具体的にはどうやって勉強されているのでしょうか。

 

岩楯 

 法医学は扱う範囲が広いので、教科書は分担執筆になっていることが大部分です。悪く言うと寄せ集め的なんですよ。1冊の教科書を通して読むと伝わる一本筋の通ったポリシーというのがありません。なので、特定の教科書を熟読するというより、疑問点にぶつかるたびに、各分野の教科書とかを参考にして、自分なりに勉強することを繰り返してきました。

 ただし、一応30年もやっているとそれなりに法医学に対する自分イズムのようなものができてきます。それは大事にしたいと思ってはいますが、あまり人に押し付けるようなものではなく、自分の心の中にあれば良いと考えています。

法医学の最前線から得られることを伝えたい

藤野

―法医学者として法医学にこう向き合っていくという強い意志のようなものはなんなのでしょうか。

 

岩楯 

 軽い気持ちで入った法医学の世界なので「強い意志」はなかったんです。むしろ当初は研究や業務に関するジレンマを感じるというか、法医学者としてのアイデンティティーって何だろうって、漠然とですが思ったりしていました。

 法医学をやるためには、大学の教室に所属しなければなりません。でもそこは研究をやるための場所で、研究業績が求められます。単なる業績作りのための研究に精を出しているような人もいましたが、もともと私は研究志向が強くなかったですし、それはいやでした。

 では、実務面はどうかというと、当然のことですが、臨床のことは臨床医の方がはるかに精通していますし、プレパラートからの病理診断は病理医にとても及びません。画像診断は放射線科医ですよね。では、法医学独特の死後変化の問題や損傷の見方などについてはどうかというと、そんなのは医学じゃないって言う人もいたりしました。それならそれで大いにけっこう、医学の本流じゃなくても他の診療科にはない法医学らしいことを思う存分やってやろうと開き直れるまで、そこそこ時間がかかりました。

藤野

―法医学者にとってのやりがいはどんなことですか。

 

岩楯 

 法医学らしいことを存分にやればいいという考え方に確信が持てたのは、じつは慈恵に来てからです。それまで私が仕事をしていた東京23区内は東京都監察医務院が行政解剖を行っているため、大学では事件・事故がらみの司法解剖のみを行っていました。警察対応が中心で、件数も圧倒的に少なかったんです。一方、慈恵の法医学講座は東京の多摩地域の法医解剖をすべて引き受けていて、警察だけでなくご遺族対応も業務の中心です。解剖数も多く、業務量は格段に増えましたが、学内の先生方も法医学のことを十分に認めてくださっています。すごくありがたいことです。

 件数が多いということは、そのままやりがいにつながります。臨床の先生が多くの患者さんを治してやりがいを感じるのと同じだと思います。亡くなった方は何も話しませんが、ご遺族対応は一種のグリーフケアになっていると思います。1件1件の症例から学ぶこともたくさんありますし、その人の人生みたいなものが見えてしまうものです。日本一の症例数から得られることをフィードバックしていくことも重要ですよね。

自分が興味を持つことを自由に研究できる喜びを

藤野

―研究の場としての慈恵はどうでしょうか。

 

岩楯 

 慈恵では研究以外に解剖等の業務量が大きいため、基礎研究に打ち込みたい人には正直なところ向かないかもしれません。症例数が多いことから、実務と直結した研究がやりたい人には適した環境だと思います。実際の解剖業務を通して感じるさまざまな疑問、興味などについて、多くの資料や画像、検体等を用いてアプローチしていく形です。ただし、そのような研究の目標は解剖精度の向上であり、つきつめれば解剖を行わなくても診断ができるようになることです。解剖は現時点で最も確実で安価な死因診断方法ですが、いずれは画像診断や諸検査の発展により次第に減少傾向になるかも知れませんね。

 

研究の面白さはどんなところにあるのでしょうか

型にはまることなく興味のあることを自由にやれることだと思います。

藤野

―研究の面白さはどんなところにあるのでしょうか

 

岩楯 

 法医学における研究の面白さは、型にはまることなく興味のあることを自由にやれることだと思います。良くも悪くも法医学は点数(インパクトファクター)にとらわれる必要はありません。点数やノルマに縛られた研究はつらいと思います。自分のアイデアで自由にできる、そういう気持ちになれると研究はすごく楽しいですよ。

 私はこれまで、ハタから見ればずいぶんと泥臭いような基礎的で地味な研究もやってきました。まったく上手くいかないことも多かったですが、それでも十分満足でした。私が勝手に掲げているうちの講座のキャッチフレーズは「法医学の(最先端ではなくても)最前線の教室」なのですが、前半部分の「最先端ではなくても・・・」にはそのような経験がもとになっています。

 

藤野

―最後に研究者を目指す学生に向けたメッセージをお願いします。

 

岩楯 

 法医学に限らず、研究って本来はすごく自由なものだと思います。実際にはいろいろなしがらみもあり思うようにいかないことも少なくないでしょうし、自分のキャリアパスに関しては人それぞれの価値観の問題なので一概には言えませんが、私個人としては学生のうちはあまり難しいことは考えず夢を持って研究の世界に入っていただければうれしいです。

対談者プロフィール

法医学講座 教授
岩楯 公晴(いわだて きみはる)

平成元年筑波大学卒業後すぐに法医学の道に進み、同大学院、東京大学助教、東京医科歯科大学講師~准教授を経て、平成19年に本学法医学講座教授に着任。当時は異状死の死因究明の重要性が社会的に注目されていたため解剖数が急増し、現在は年800~900件前後を無事に遂行することに四苦八苦している。酒と温泉が好きだが、酒量は増えても旅行に行く時間がないのが悩み。

医学科6年
藤野 あすか(ふじの あすか)

3年次の病理学実習では顕微鏡を通して細胞の織りなす世界に魅了され、以来病理学に深く関心を寄せる。研究室配属では法医学講座に所属、農薬中毒の分析方法の比較や症例検討を行い、研究の楽しさと厳しさに触れた。
部活は弓道部に所属し、後輩と過ごすひとときを楽しみにしている。

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